※このお話は、CD『八葉歳時記』将臣編が元ネタになっています。

 そりゃあ、怒ってるより笑ってるほうがいいに決まってる。けれど、悪びれないその笑顔に私は時々、本気で困惑する。

 首筋にくるりと巻きつけたマフラーが、ちょっとしたはずみに引っ張られる。まったく、歩きにくいったらない。ふわっとした赤いマフラーはかなり長くて、ルーズに巻いてもずいぶん余裕があるくらいなんだけど、だからってふたりで巻くには短いなんてことは当たり前だ。
「もう、これじゃ歩きにくいよ」
 文句を言いながら横を見上げたら、その拍子にまたマフラーが引っ張られた。苦しい。
 思わずしかめっ面になった私を見返して、将臣くんは少しだけ真顔になった。並んで歩く、その距離を詰める。まるで肩をぶつけるみたいな仕草だったけど、もちろん、本気でぶつかってきたりはしない。器用に、コート越しに腕がぴたりとくっつくくらいの距離をとった。前を向いたままの顔は、これでいいんだろ、とでも言ってるみたい。
 ……なんだかなあ。
 思わず溜息をついて、私は足を止めた。そのせいでマフラーがまた、ぐいと張られる。同じように首元を引かれて、将臣くんは怪訝な顔で立ち止まった。
「どうしたんだよ?」
 突然のことにも、怒ってる様子は微塵もない。驚いてるっていうほどのこともなさそう。わかってるけど、度胸が据わりすぎっていうか、大雑把っていうか。
 なんでも受け容れてくれちゃうように見えるのは、間違っても悪い性格じゃない。なんとなく頼れる感じがするのは、その性格のせいだろうし。だけど、ちょっと問題あるんじゃないの?って、こんなときには思う。
「いいよこれ、ひとりで使って」
 マフラーに手を掛けて、私はそう言った。その声にちょっと溜息が混じっちゃったのは、どうせわかってないんだろうなって思ったせい。
 案の定、「あ?」と聞き返してきた将臣くんは、どうしてなのか想像もついてないみたい。眉間に少しだけ皺を寄せたその顔には、わかんねぇなこいつ、ってはっきり書いてある。
「それじゃお前が寒いだろ」
 わかりきったことを、とでも言うみたいに呆れた声。でも、本当に呆れてるのはこっちだよ。無頓着すぎる。なんとも思わないのかなって、私は内心、また溜息をついた。
 物心ついて以来の幼馴染みで、その上クラスメイト。始終一緒に行動してる私たちを、付き合ってるんだろうと思ってる人は結構多いみたいで、実際よく言われる。仲のいい友達はさすがに、私たちがそんなんじゃないってわかってるみたいだけど、誤解してる人はまだまだいるみたい。意味ありげな視線を向けられることなんて、今でもしょっちゅうある。
 そういうことには、私も将臣くんも、もうすっかり慣れてる。うんと小さい頃から私たちの距離感ってこんなものだったんだから、今更どうのこうの言われても、どうしようもないし。いきなり距離をとるほうが、よっぽど不自然だと思うから、別にどうにかしようっていう気もない。
 周りの目なんて、いちいち気にしたりはしない。とは言ったって、今の状況は、誰かに見られたらやっぱりそういうふうに見えるんじゃないかな、なんて冷静に思ったりもする。言いたい人には言わせておけばいいけど、でもわざわざ誤解を招くようなことはしないほうがいい……はずだよね。
 私はそう思ったんだけど、将臣くんは一向に気にしてないみたい。ううん、気にしてないっていうより、やっぱりわかってないって言ったほうが正しいんだろうな。
「ほら、行くぞ」
 後ろから頭を小突かれて、私は慌てて足を前に出した。痛い、と文句を言いながら、将臣くんの手をはたく。軽く払うだけのつもりが、ちょっと力入っちゃったかも。でも、将臣くんは平気な顔してからからと笑ってる。
 そのままマフラーを解いちゃってもよかったはずなんだ。別に、きつく結んでるわけじゃない。巻きつけてあるだけなんだから、簡単に取れたのに。わざわざ歩きにくいことを続けることなんてなかった。
 だけど、私はそうしなかった。一度はマフラーに持っていった手を、結局そのまま下ろして、コートのポケットに突っ込んだ。
 どうしてそのままにしてるの?
 自分の中で、尋ねる声がしてたけど、
 ―― いいじゃない、幼馴染みだもん。
 なにかにつけては口にするのと同じ答えを、心の中で呟いただけ。
 ―― それに、将臣くんの言うとおり、マフラーしてないと寒いし。
 息の白さを見詰めて、さらにひとこと。
 ―― こんなところで言い合ってるくらいなら、早く帰りたいし。
 駄目押しのように言葉を重ねながら、なんだか言い訳がましいかもって、ちょっと思った。
 幼馴染みだから。
 最初の、そのひとつだけで、理由は充分なはずでしょって。
 自分が、自分に言い訳してる。そんなことをするのはどうしてなのか、考えるのが、なんでだろう、嫌だった。幼馴染みっていう言葉だけじゃ納得できなくなりかけてる。他の誰でもない私が。 ―― そのことを、認めてしまいたくない。
 気まずいって思ったのは、自分に対してだったんだろうけど。私はちょっと、将臣くんから距離をとった。ふたりのコートが擦れ合わないくらいに、ほんの少しだけ。そのときに将臣くんから感じた違和感、気のせいだったのかな。私の動きを気にしたように思ったのは、思い込み?
 気楽なままでいたいのにな、ずっと。ふたりで一本のマフラーを巻いてることに、理由なんてつけなくて良かった頃のままで。
 ―― それとも私、見つけたいのかな? 肩をくっつけて歩く、新しい理由を。

Fin.

「青色20題」は、物書きさんに20のお題よりいただきました。