雨に開いた傘の花

 透明なガラスにぽつりと水滴が当たった。
「あ、降ってきた」
 温かなティーカップを両手で包んだまま、花梨は窓の外へと視線を凝らす。
 閑静な住宅街の一角にあるこの喫茶店は、光をふんだんに採り入れるためか、テーブルの高さから上ははめごろしの一枚ガラスになっていて、外が良く見える。きれいに磨かれたガラスの、花梨の頭の上あたりには、控えめに店名のロゴが描かれている。そのロゴ同様、たたずまいも内装も簡潔で飾り気の少ないこの喫茶店は、最近ふたりが良くお茶をする場所だ。
 特に広告を出したりもしていない、こぢんまりとした店ではあるが、ここに来るのはたいてい、知人からの口コミで、といった人ばかりらしい。大通りからは少し外れているし、通学路からもだいぶ寄り道することになるため、花梨も最近までここには来たことがなかった。だが、頼忠との散歩中に偶然この店を見つけて以来、ふたりは良くここに足を運んでいる。
 店内が落ち着いた雰囲気なのも、いい。お茶請けになるケーキも甘過ぎず、花梨好みだ。そしてなにより、紅茶がおいしい。
 メニューには、紅茶好きの店主が選びぬいたという何十種類ものお茶の名前が並んでいて、なにを頼むかいつも迷ってしまうくらいだ。結局、その日のおすすめをオーダーすることが多いが、これまで飲んだことのないような薫りのものがあって驚いたりはしても、口に合わないと顔をしかめてしまったことは一度もない。
 幸い、頼忠もこちらに来て初めて知った紅茶の薫りと味が気に入ったようで、いつもくつろいだ顔でカップを口に運んでいる。
「天気予報、当たったね」
 花梨はそう言いながら、水滴の光る窓から店の入り口へと視線を移した。
 今座っている位置からはちょうど、他の客の陰になって見えないが、そこには洒落た陶製の傘立てが置いてあるのだ。今日はかなり高い降水確率が予報されていただけあって、花梨たちが店に入ってきたときにはすでに、傘立てには何本もの傘があった。そこにふたりも、自分たちの傘を立てて入ってきたのだ。
 雨の日に傘を差すという習慣も、もちろん頼忠にとってはこれまでなかったもので、最初はしきりに「便利なものですね」と感心していた。
 確かに、京にいって間もない頃は、雨の日に出歩くのが億劫だったものだ、と思い出す。当然、傘のように雨をしのげる道具などないわけで、天候ひとつでこれだけ不便さを感じるものかと思ったりもした。
 ただ……頼忠と親密になってからは、雨の日にふたりで出かけると、雨からかばってくれるかのようにいつもより少しだけ近くを歩いてくれて、それが嬉しかったのも事実だ。次第に雨の日があまり嫌ではなくなって、それどころか待ち遠しく思えるようにもなっていた。
(懐かしいな)
 ほんのひとつ、あの頃のことを思い出すと、記憶は次から次へと浮かび上がってくる。
 束の間、花梨は想い出をなぞることにふけった。
 あたたかな想い出の数々に心を浸しながら紅茶を飲み終えた頃、タイミングを見計らっていたのか、頼忠が「花梨」と声をかけてきた。
「そろそろ……帰るか?」
 まだ少し、くだけたしゃべり方には慣れていないようで、かすかに口ごもる様子が花梨の口元を微笑ませる。「うん」とひとつうなずいて、すぐに今度は花梨から「あのね」と声をかけた。
「頼忠さんのところ、寄って行ってもいい?」
「ああ」
 当然だという顔をして、頼忠がやわらかに笑った。
 ふたり同時に席を立ち、会計を済ませて出口に向かう。それぞれの傘を手に取り、カランと軽やかな鈴の音を響かせてドアを出た。
 雨の下に、鮮やかな傘の花がふたつ、咲いた。

 歩道の落ち葉が、降り出した雨に濡れている。見ているだけで、どことなくひんやりと薄寒いような気分になってくる。そこへ風がふっと吹いてきて、花梨は思わず首をすくめた。
 雨のせいで、また一段と気温が下がったようだ。夕方になってきたことも手伝って、店に向かっていたときよりもかなり肌寒くなったように感じる。
 このところ雨の降る日が多いが、この秋の長雨が終われば冬はもうすぐそこだろう。
「寒くなってきたね」
 傘を少し上げて、隣を歩く頼忠をうかがうと、頼忠も傘の内から視線を返してきた。口元で小さく笑い、傘を反対の手に持ち替える。それから空いた手を伸ばし、バッグを提げた花梨の手に触れてきた。
 大きな手のひらが、花梨の手の甲をすっぽり包み込む。少し照れながら、花梨は頼忠に微笑み返した。
 ―― こういうとき視線をはずさなくなったのは、我ながら進歩したんじゃないかなと思う。こちらに帰ってきたばかりの頃なんて、恋人という言葉にすら心臓を高鳴らせていた。指先に触れられただけでもすぐさま真っ赤になってしまったし、そうなるともう目なんて合わせていられなくて、焦ってなにか言おうとしても言葉にならなくて。
 今でもまだ、照れくさいことは照れくさいけれど、ちゃんと目を見たままでいられる。笑い返すことだってできる。
 頼忠がこの世界になじもうと努力をしている横で、花梨もまた、ささやかな努力をしてきたのだ。
(ちょっとずつでも、ちゃんと恋人らしくなりたいなあ、って)
 今、甘い空気の中でもなんとか平静を保っていられるのは、そんな努力のたまものだろう。そして頼忠も、そんな花梨の想いを大事にしてくれている。
『普通にしゃべってほしいなあ、なんて……その……』
『普通に、とはどのような』
『だから……です、とか、ます、とかじゃなくて、もっとくだけた話しかたっていうのか……』
 そんな会話を交わしたのは、かれこれ一か月ばかり前のことだ。その時はやはり困惑した表情を隠さなかった頼忠だが、ひとまずは、努力いたします、と答えてくれた。
『あの、だから、そういう話しかたじゃなくて……』
 話をしているそばから丁寧な口のききかたをされてしまって、やはり無理なことなのだろうかと花梨は嘆息したのだが、そんな花梨を見た頼忠は、『わかり……』と口ごもってから、『わかった』と言いなおしてくれた。
 それ以来、頼忠も花梨も、ただ話すだけのことに妙に気を遣ってしまいながらも、普通にしゃべろう、となんともささやかな( ―― それに、ちょっと変な)努力をしている。
 そうは言っても初めのうちは、ついつい丁寧な言い回しになってしまったり、時にはふたりして固い口調でしゃべっていることに気づいて、顔を見合わせて笑ってしまったりしたこともあった。一旦身に染みついてしまった習性はなかなか抜けないものだと、苦笑いしながら話したものだ。
 最近になってようやく、そんなこともなくなってきて、ほんのわずかなぎこちなさを残しつつも、ふたりはそれなりに普通の会話を交わしている。
 他愛ない話を、他愛なくできる。それだけでなんだかまた、ふたりが近づけた気がして嬉しい。
 頼忠が思ったよりも抵抗なく気安い話し方に慣れてくれたのは、こちらの習慣やらなにやらが身についてきたこととも関係があるかもしれない。生活習慣の違いと同様、日常の話しかたも京とはまったく違うし、花梨の暮らしているところでは身分という観念もないようだとわかったのだろう。
「まだしばらく、雨が続くのかなあ」
 さあさあと降りしきる銀線に目をやって、花梨はふと思い浮かんだことを口にした。
 なんということもない呟き。独り言と取られてもいいような言葉に、それでも律儀に答えてくれるあたりが頼忠らしい。
「予報では、あさってまで雨だったな」
「そっか……たまにはぱーっと晴れてほしいよね」
「そうだな」
「頼忠さん、洗濯もの、たまっちゃうでしょう」
 なんとも所帯じみた会話だと思うのだが、やれ鬼だ怨霊だという殺伐とした会話よりはずっといい。同じようなことを考えたのかどうか、頼忠はひとつ苦笑して、それから「ひとりだからたいした量でもない」と答えた。
「でもやっぱり、お天気はいいほうが嬉しいな」
 こうやって手を繋いで歩くのもいいけれど、傘を差していなければもっと近くに寄れる。
 広げた傘の分だけ開いてしまう距離が、少し寂しい。京にいた頃は嬉しくもあった雨の日が、今はちょっと恨めしく思える。
(ぜいたく過ぎるのかな、こういうのって)
 頼忠ほどの男の人が、自分のことだけ見て、自分のことだけ想ってくれている。それだけだってずいぶんなことなのに、雨にまで文句を言うのはわがままだろうか。
(それでもやっぱり、ちょっとでもそばにいたいな)
 まるで、そんな花梨の心の中が見えでもしたかのように、頼忠は「すぐに晴れる」と目で笑った。
 おまじないみたいだと思いながら、花梨も小さな声で、「すぐに晴れる……よね」と頼忠の言葉を繰り返した。

(今日も雨降ってきたなあ……)
 少しばかりまぶたも重い、最終時限の授業中。相変わらず空はどんよりと暗く、景色もぼんやりくすんでいる。窓のすぐ外に見える木の葉にぽつりぽつりと雨粒が落ち始めたのを見て、花梨はひそかに溜め息をついた。
 雨の降っている日というのはそれだけで気が滅入るものだが、それが幾日も続いているのだから、自然と溜め息も深くなるというものだ。四六時中降り続いているというわけではないが、夜の間は止んでいても朝になると降っていたり、朝方はどうにか曇り空でも昼ごろからぽつぽつきたりするのでは、どうしたって「毎日、雨ばっかり」とぼやきたくなってしまう。
(せっかく今日も、頼忠さんと会えるのに)
 会えること自体は嬉しいけれど、また傘が必要なのかと思うと、ちょっとだけ嬉しさが目減りしてしまう。
 ほんの数十センチの違いだって、できるだけ近くにいたい。そう思う自分は、なにか……焦ってでもいるのだろうか。恋人同士で、話しかたもやっと普通らしくなって、それでもまだまだ自分たちには甘い空気が足りないような気がして。一生懸命傍にいて、恋人らしくしようなんて考えたりもして。恋人らしく振る舞ってほしいなんて、心の片隅でわがままを言ってみたりもして。
(やっぱり、ぜいたくなのかな)
 それでも、恋する気持ちはそんなものかもしれない、とも思う。そう、早く会いたいと思っている、今の気持ちも。
 時計にちらりと目を走らせると、頼忠との待ち合わせまで一時間を切っていた。会えるそのときのことを考えると、雨だなんだと文句を言っていても、やはり頬が緩んでしまう。
「では、次の例題に移るが……」
 微笑んでいたところに、教壇からひときわ大きな教師の声が聞こえてきて、花梨はあわてて表情を引き締めた。花梨が手を休めている間に、すっかり板書の量は増えてしまっていた。急いで書き写さないと、もうすぐ消されてしまいそうだ。手にしたシャープペンシルを握りなおし、花梨は黙々とノートを取り始めた。

 終業のホームルームも終わり、学校を後にした花梨は水たまりを避けながら急ぎ足で歩いていた。雨脚はさして強くもないが、風で雨粒が脚に吹きつけてくる。
(本当に、雨ってやだなあ……)
 歩いているうちに、濡れた脚が重くなってきたような気がする。早いところ頼忠と落ち合って、あたたかいところに移動したいなと考えながら花梨が向かうのは、学校帰りの待ち合わせはここと決めている本屋だ。昔ながらの小さな本屋だから、あまり人もいなくて、頼忠との待ち合わせにはちょうどいい。人目につくような ―― とりわけ花梨のクラスメートたちに見つかるような場所では、少々困るのだ。
(頼忠さんのこと、まだみんなには内緒だし)
 友人たちも、このところ付き合いが悪くなったと幾分怪しんではいるようだが、とりあえずは詮索しないでくれている。いつまでも黙っているのも水臭いかなとは思うが、自分から唐突に言い出すのも面映ゆい。いっそ聞いてくれれば助かるのに、と思わないでもなかった。案外、わざと聞かないでいて、いつ花梨が言い出すのかと楽しみにしているのかもしれない。
 そんなことをあれこれ考えているうちに、目指す本屋が見えてきた。店の軒下に入って傘をたたんでいると、入り口のすぐ近くにいた頼忠が、手にしていた雑誌を持ってレジに向かい、ほどなくして店の外に出てきた。
 隣に立った頼忠を見上げて、「なに買ったの?」と花梨は笑顔を向ける。頼忠は、今しがた入れてもらった袋から雑誌を取り出すと、花梨に表紙を向けてみせた。それが料理雑誌だったりしたものだから、失礼とは思いながらも花梨は思わず吹き出してしまう。
 そんなにおかしいかと言いたげな顔で頼忠が花梨を見たが、(だって、それはやっぱりちょっと変な感じだもん)花梨は構わずくすくすと笑いつづけた。少し前までは、朝な夕な重い刀を振るっていた人が、自室で料理の本と向かい合っているところなんて、想像するのも難しいというものだ。
「頼忠さん、お料理けっこう好き?」
 やっとのことで笑いを収めた花梨が尋ねると、「……おかしいか?」といささか剣呑な声が返ってきた。
 本当は少しばかり不似合いだと思わないでもなかったけれど、これも頼忠なりの、ここで生きていくための努力だ。
(おかしいなんて言っちゃ、いけないよね)
 心ひそかに反省した花梨は、頼忠に向かって小さく頭を下げる。
「笑ったりしてごめんなさい」
「謝ることでもないだろう」
 雑誌を袋に戻しながらそう答えた頼忠の表情は、もう険しくはなかった。花梨に答える声も、いつもどおりやさしいものだ。本気で怒らせてしまったわけではなかったのだと、花梨はほっとした。
 表情を緩めた花梨を見て、頼忠がすっと髪に触れてくる。そのやさしい指先が少しくすぐったくて、花梨は照れ隠しに傘をごそごそといじった。
「そろそろ行こう」
 そう言って傘を開こうとして、花梨は頼忠の手元に傘がないことに気づいた。
「頼忠さん、傘は?」
 すぐに本屋の入り口にある傘立てを見たが、見慣れた頼忠の傘は置いていない。それではどこかに忘れてきたのかともちらりと考えたが、頼忠に限ってそんなことはないだろうし。
 小首を傾げた花梨に、頼忠は飄々とした顔で「持っていない」などと返してきた。
「え? 持ってきてないの?」
「ああ。今日は早いうちに家を出たんだが、そのときは降っていなかったものだからな」
「そうだったんだ。それじゃあ……」
 相槌を打って、花梨は勢い良く傘を開いた。頼忠が入りやすいように、腕を伸ばして傘を高く持ち上げる。
 だが、頼忠は花梨には構わず、そのまま軒下から出ていこうとした。
「ちょ、ちょっと」
 あわてて花梨は、傘を持ったままの手で頼忠の腕を引っぱった。
「どうした?」
「どうした、じゃなくて、傘、入らないと……雨降ってるんだから」
 花梨としては、ただ一緒に花梨の傘に入っていけばいいと思っただけなのだが、頼忠にはわかっていないのか、訝しそうな顔を見せている。ふたりでひとつの傘に入るなんてこと、考えてもいないのだろうか。
「これ、一緒に入っていこう?」
 花梨がもう一度傘を掲げて言うと、案の定、頼忠は驚いた顔をした。だが、すぐにもとの表情に戻ると、「いや、いい」と首を振る。
「だめだよ、雨けっこう降ってるもん」
「そうは言っても、ふたりで入るには小さいだろう」
 確かに花梨の傘は取り立てて大きなものではなく、どちらかというと小さめだ。しかも丸みを帯びたフォルムをしているせいで、親骨の長さのわりには、開いてみると狭い感じがするのだ。頼忠が小さいと言うのも、わからないではない。
わからないではないけれど。
「でも、だからって……雨にあたったら、風邪ひいちゃうでしょう」
 そう言って、花梨はぴたりと頼忠の隣に並んだ。
「こうやって入ってれば、大丈夫だから」
 先ほどより少し近づいた頼忠の顔に、照れながら笑いかけた。花梨の笑顔につられたのか、ややあって頼忠もふっと笑みをのぼらせる。わかったと答える代わりに、頼忠の腕が伸び、花梨の手から傘を取っていった。
 花梨は自由になった手を、今度は頼忠の腕にかける。少し甘えるようにその腕につかまり、頬を寄せた。
「行くか」
 笑みを含んだ声で頼忠がそう告げたのをきっかけに、ふたりは雨の中へと歩き出した。

 ふたりが雨の中向かうのは、今ではすっかりなじみとなった、紅茶のおいしい喫茶店だ。晴れているときなら五分とかからない道乗りだが、雨が降っていて、ましてやふたりで身体を寄せ合って歩いているとなると、いつもより少し時間がかかる。
(今日みたいな日は、きっと紅茶がいつもよりおいしいんだろうな)
 そんなことを考えていた花梨は、傘の端からぽたりと落ちたしずくで我に返った。
「ねえ、頼忠さん。傘、もうちょっとそっちでも大丈夫だよ」
 ずいぶんと傘が花梨の側に傾いているような気がして、そう頼忠に声をかける。「そうか?」と答えた頼忠は、それでも傘の位置をずらすつもりはなさそうだ。口元だけ少し微笑ませて、なに食わぬ顔で歩いている。
「こっち側、すごくあまってるもん。それじゃ頼忠さんが濡れちゃうでしょう?」
 もう一押ししてみたが、頼忠は「いや」と短く答えただけだ。
 こういうところが頑固なのだと、花梨は心の中で溜め息をつく。一度決めたら、そうそう意見や行動を変えてはくれないのだ。
(仕方ないなあ)と苦笑する心地になって、花梨はそれ以上言うのをやめた。その代わり、店に着いたらすぐに頼忠の肩を拭いてあげようと決める。
(今日は雨になりそうだからって、タオル二枚持ってきてるし)
 上機嫌で笑みをこぼし、花梨はまたぎゅっと頼忠の腕につかまりなおした。
 こんなふうに歩いていられるのなら、雨の日もいいかもしれない、と思う。すると、隣で頼忠が「雨も悪くないな」と呟いた。
 頼忠が、花梨と同じことを考えてそう言ったのかどうか、それはわからない。けれど、同じときに同じことを思ったのがなんだか嬉しくて、花梨も「うん」とすぐにうなずいた。
(京にいた頃みたいに、また雨の日が好きになれそう)
 あの頃と同じ、頼忠がいつもより少し近くにいてくれる、そんな雨模様の一日。やっぱりお天気は良いほうが好きだけど、たまにならこんな日もあっていい。
(でも、いつもこれじゃあ、頼忠さんが風邪ひいちゃいそうだよね)
 そんなことを思い、花梨は「今度から、天気予報で雨って言ってたら、傘は持って出てね」と頼忠を見上げた。
 頼忠はなにを考えていたのか、花梨の言葉にごくごくわずかに苦笑いしたようだった。それからふたりで、顔を見合わせて小さく笑った。
 喫茶店の煉瓦壁が、雨の向こうに見えてきた。

Fin.